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ドラマ「獣になれない私たち」

獣になれない私たち Blu-ray BOX

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あらすじ:
一生懸命生きる私たちの、私たちによる、私たちのための人生を取り戻すまでの物語。

胸のすくような展開や、気持ちのいいキメ台詞が欲しい人にとってはこんなにストレスの溜まるドラマはなかったのではないだろうか。それくらい、主役2人を筆頭にこの物語の登場人物たちは何もしない、何もできない、いろんなことに怯えて逃げながら日々を送っている、まるで私たちのように。

主人公の晶には、その自己肯定感の低さの理由として分かりやすいバックボーンが用意された。連ドラである以上『主人公』には誰が見ても分かる理由付けが必要だからだ。じゃあ朱里はどうか。お金が欲しくて、居場所が欲しくて、認めてもらいたくて働いているだけなのに、ひとつの失敗であまたの罵詈雑言を浴びせられる。人によりその耐性に違いはあれど、一度ある一定の罵詈雑言を浴びせられるレベルを超えると、次に何かの失敗をすると自己防衛機能がフル稼働してしまう。つまり、自分で「私には次の機会などない」と思い込んでしまうのだ。でも、朱里のように逃げ続けるにも体力がいる。逃げ続ける才能が必要だ。

晶には幸か不幸か逃げ場がなかった。帰る場所がないのでどんな待遇でも働き続けることしか選択肢がなかった。一方朱里は、幸か不幸か京谷が準備した逃げ場を得てしまった。晶は走ることをやめることはできないと思い込み、朱里はここから出ることなんてできないと思い込む。

私たちは、松任谷さんだ。たとえば無断で休むようなことはしないし、人が休めば心配もする。無茶を言われたらできる人を捕まえて頼る。でも上から言われたら何も言い返せないし、だからこそ自分が会社にとって大事なポジションにならないよう気を付けて行動する。逃げ場を作っておく。ぬるま湯につかっておく。

でも、それが就職氷河期を生き延び現代を働く私たちの精いっぱいなのだ。最終回を見たら分かる。社長にもう無理だと獣になって吠えた晶は職を失った。恒星もだ。正しい道を歩みたいと吠えた結果、職を失った。

タイトル通り、獣にならないんじゃない、なれないのだ。たった一度の失敗が許されない現代を私たちは生きている。「そうは言ってもあれだけ経験があって仕事ができれば次なんてすぐ見つかるさ」なんて私には到底思えない。職を失った主人公2人は、この何年かでようやく少しずつ積み上げてきた自信やプライドを、転職活動によってまたズタズタにされるだろう。

それでも生きていくしかない。ズタズタにされながらでも、生きていく方法はある。働くことでしか社会と繋がれないわけじゃない。その集大成が晶、朱里、京谷ママの3人の飲み会シーンだ。全く違う人生を歩み、今現在も違う境遇の3人が、卓を囲んでビールを飲む仲間になれる。共通点は京谷だけだ。でもその輪に京谷はいない。つまり、きっかけなんてなんでもよくて、繋がることが大事なのだ。そういう相手を見つけさえすれば、それが社会との繋がりであり、生きていく蜘蛛の糸になり得る。仕事でも恋愛でもない「何か」で繋がることを、私たちはもっと求め、大切にするべきなのだ。

失ったまま終わるドラマを見ることができて、本当に良かった。鐘はならない、でも、聴くことはできる。現代を生きる私たちに贈られた力強いメッセージだった。脚本の野木さんへの信頼を一層厚くしながらも、うわー松田龍平カッコいいーとなった3か月、ありがとうございました!