ロマンチックモード

日常と映画と本と音楽について

魔王

なんだか嫌な予感がする。それを確かめたい。慎重に、大胆に。立ち向かうことは果して無駄なことなのか?馬鹿なことなのか?
伊坂さんの作品というのは、善と悪の境目が非常に曖昧で、かつハッピーエンドな割合が多いんですけど、この本は全く違う。違うというか、恐ろしすぎる。恐ろしい場面というのは必ず出てくるけど、この本の恐ろしさはパねぇ。『考えろ』という言葉が繰り返し使われるのですけど、『考え』ないことの恐ろしさというのをひしひしと感じます。
「魔王」と「呼吸」の二編からなる小説で、「魔王」では兄が、「呼吸」では弟が主人公となるんですけど、この兄弟の思考、行動がギリギリのところで働いている。主人公の行動がすでに良いことなのか悪いことなのか分からない。その危うさと、たとえばこの現代とさして変わらない近未来の世界に自分が放り投げられたとして、この中で繰り広げられる物事を体験したとき、自分はしっかりと真面目に『考え』られるのかという不安が合わさって、読んでいる最中ずっと恐怖!戦りつ!でした。
もうひとつ、「呼吸」の語り手である弟の妻(「魔王」では彼女)が、まさにその渦中に巻き込まれた自分のようで、周囲や主人公の思考の分からなさで不安になりながらも生活していくんですけど、まさに一瞬だけ、それは『考え』た結果だとしても結局は姿の分からない「魔王」に操られているのだろうか…みたいな!みたいな!怖いんです!怖すぎ!
すごい大きな問いかけをこの小説でしてしまっていると思う。この本、尼村くんとこでは絶賛されてますけどブログとかでみるとなかなかの賛否両論具合で面白いんですけど、そういう感想を踏まえて言ってしまえばこの本はミステリーとして読むとそれはもう肩透かしを食うこと間違いなしだと思います。だって背表紙にもう書いてあるから書いちゃうけど、結局「魔王」が誰か分からないから!しかもその言ってしまえば「魔王」候補の中には主人公も含まれているわけです。究極のミステリー。でも私はオススメです。これは、ミステリーではなく、ある種の教科書だと思うから。

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

「考えろ、考えろ」
モダンタイムス (Morning NOVELS)

モダンタイムス (Morning NOVELS)

そして、「魔王」の50年後(55年後?)がこの本。早く文庫になれー。(そういえば前もこんなこと言ってたな…!)
伊坂さんの醍醐味と言えば、1ページ目から繰り出される小ネタと大ネタと、最後の数ページでそのすべてを、広げた風呂敷の端をきれいにパタン、パタンと折りたたんでいくように集結していく爽快感にあると思うんですけど、それが全くない。ないだけに、これを敢えて書いた意味を考えてしまう。