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宵山万華鏡/森見登美彦

宵山万華鏡 (集英社文庫)

宵山万華鏡 (集英社文庫)

あらすじ:
祇園祭宵山で有象無象が吹き上がる。

昔から「結局のところ生きている人間が一番怖い」と思っていた節があるけれど、森見作品については当てはまらない。金魚のようにすり抜けていく赤い浴衣が目に浮かぶ。本能的に「ついていってはいけない」と思わせる不気味さが文字から駆け上ってくるようだった。

宵山-」は会社の昼休みに読み、家に帰ると「有頂天-」を読むという生活をしばらく送っていたのだけれど、ようやく分かった。森見作品は湿度が高い。彼の書く京都はジメジメして夏はうだるように暑く冬も湿るように冷たい。そもそもこの世のものでない者たちが多く登場するはずなのに、「体温がない」ものに対する描写が恐ろしすぎるのだ。これはまるでホラー映画を見ているような気さえする。なんの説明もなく赤い風船が割れるのは、よくないことが起こる予兆なのだ。

今回は特に赤い色が目について仕方がなかった。それは浴衣であったり金魚であったり風船であった。特別微に入り細に入り言及しているわけではないが、人の熱気と雑踏に引っかかることもなく人のはざまを泳いでいく赤い浴衣-とにかくそのジメジメとした空気の中で体温を持たない赤い浴衣の女の子が駆け巡っているのが分かった。そしてそれはすでに宵山に憑りつかれている人にしか見えないのかもしれない。

そんな中でも有象のものは相変わらず阿呆ばかりであったのも忘れてはならない。そしてそれもまた宵山の不思議なところで、これだけ支離滅裂なものこそ夢だろうと思ったらすべて現実なのである。物事を裏側から見たときのワクワク感と、そこに隠れる色恋。
「有頂天-」の感想を書いたときに「詭弁に塗れた人の書く色恋が萌えすぎる」という表現をしたけれど、なんとなく分かった気がする。ジメジメした日に肌が触れ合うと、最初はヒヤリとペタついたのに、だんだんジワジワ熱くなってくるアレだ。大抵彼と彼女の関係は、最初はヒヤッとしているのに、ふたを開ければアツアツなのである。内と外の気温と湿度が感じられる、これも森見作品の醍醐味かもしれない。

怖くて寂しくて面白くて、最後はやっぱり少し怖い、見える景色がクルクル変わる、それがこの本「宵山万華鏡」である。