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きつねのはなし/森見登美彦

きつねのはなし (新潮文庫)

きつねのはなし (新潮文庫)

「きつねのはなし」「果実の中の龍」「魔」「水神」の4編からなる奇談短編集。正直なところ裏表紙も見ず作家名だけで「夜は短し」的なものだろうと読み始めたら怖いのなんの。夏にぴったりの奇談小説でした。
同じ骨董屋は出てくるものの、この4篇には直接のつながりは見当たらないので純粋に1つずつを楽しめるし、なにせ「奇談・怪談」、つまりはファンタジー!なんですけど、特に表題作「きつねのはなし」の恐ろしさは久々に味わった感覚です。
気を付けているのにも関わらず、少しずつでも確実に薄気味悪い渦の中に巻き込まれていく、読み進めるごとに「まずい」「まずいぞ」と思わずにはいられない恐怖でした。奇談のオチとして最後のシンプルな文章も美しい。
もうひとつ「果実の中の龍」。森見登美彦と言えば「大学の変な先輩」なわけですけど、この短編の先輩はいつもの変な先輩とはちょっと違うんですよね。ただ、変わらず愛しい。この「先輩」について、難しい言葉でも変な言い回しでもない、ただひたすらに“言葉のからくり”が美しいと思った一文をメモしておきます。

先輩は自分が空っぽのつまらない人間だと語った。
しかし先輩が姿を消してこの方、私は彼ほど語るにあたいする人間に一人も出会わない。

誰に共感されなくても、自分が美しいと思える一文に出会える喜びが小説にはあるんだな、と久々の読書で痛感しています。