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ガソリン生活/伊坂幸太郎

ガソリン生活 (朝日文庫)

ガソリン生活 (朝日文庫)

あらすじ:
実は車というのは排気ガスが届く範囲まで、車同士会話ができるのだそうです。望月家の自家用車である緑のデミオが語りべです。この緑(みど)デミに、ある日有名女優が乗り込んでくるところから始まるミステリー。

久しぶりの勧善懲悪ものでした!結構長いことこの作風から離れていましたが、やはり彼の描く『現実では建前上起こってはならない勧善懲悪』表現は、さすが痛快です。

まず語り部である緑デミを筆頭に車たちの会話が非常に面白い。人間社会と同じく車社会(笑)も同じで、気が合わなかったり近くにいる人(持ち主の人間)に影響されたり、運送会社のトラックやタクシーなど職業車によっても性格多種多様。そして、物語としては車が主人公というか語り部であるから、車の中で会話したり、見たり聞き取れるくらいの範囲で起こったことじゃないと分からないんですよね。なので、めっちゃ気になる登場人物同士の会話をレストランの中でされると聞けない!そのかわり、駐車場で隣り合った車同士のなんとも朗らかな話は聞けるのだけれど。緩急のあるつくりになっているのです。

そして、この作品の最主要人物は望月家の次男、10歳の亨くんです。彼、頭切れすぎだろう!あまりに大人顔負けの推理力・観察眼に、人生何回目なんだろう疑惑浮上です。コナン、もしくは現実に置き換えると芦田愛菜先輩に感じるそれに近いですね。ただ、やはり10歳の子供なのです。実に素晴らしいバランスの登場人物です。

後半からは面白くて読み終えることができず、結局夜中の1時過ぎまでかけて読み終えてしまいました。好きすぎて夫に「今読んでいる本が、車視点の話なんだけど」とひとしきり伝えたら「ディズニーみたいだね」と言われました。ものすごい認識の齟齬です。本当に『車が話す』くらいしか合ってない!
確かに『車が話す』という部分を抜き出すと、「カーズ」ですよね。でもこの違いはなんだろう。カーズはレーサーの車だから?いや、ディズニーでいえばこの本は「トイ・ストーリー」に近いんじゃないだろうか。身近な自家用車が持ち主に対して贔屓目をして、彼らが車内で会話する内容から人間社会の知識を得て、他の車とうわさ話をする。そしてそんな風に過ごした持ち主とも必ずお別れの時が来るのだ。起こる事件や登場する人物の中には、本当に手の付けられない怪物が潜んでいるけれど、それを差し引くとこの物語は日本版「トイ・ストーリー」なのかもしれない。なるほど、確かに私が提示した情報から「ディズニー」を感じ取った彼の感覚は間違いではないかもしれない。

ああよかった!と心から安心できる読後感こそエンターテインメントでしょう。ドキドキハラハラして、最後に胸をなでおろす。最高の1冊です。

ところで、勧善懲悪について。この物語には久しぶりに、手の付けられない怪物が出てきます。そのやたら執念深く残忍な恐ろしさが望月家を襲うわけで、どれくらいかというと110番じゃ問題の先延ばしにしかならないよ、というレベルの怪物なのです。伊坂氏の初期の作品には勧善懲悪ものが多く、だからこそこのような怪物が生み出されてきたように思います。ここ何年かのザラザラして鬱屈した空気の作品ではなしえなかった「勧善懲悪」というシステム、これを作動するにはここまでの悪を用意しないと表現できないんだなと思ったのと、それでも架空の世界でくらいは、常に正しいわけではないけれど誰にも迷惑をかけない一般市民は救われて欲しいし、たまに普通のことをするほとんど迷惑な人には消えて欲しいなと、正直思ったのでありました。
そしてこのタイミングでドラマ「獣になれない私たち」が放送されていて、私たちはこの情状酌量の世界で折り合いを続けていくしかないのかと、そんなことを考えていたのでした。

ああそれと、オリジナルのガンダム、履修しておけばよかったなあ。