ロマンチックモード

日常と映画と本と音楽について

映画「女王陛下のお気に入り」


『女王陛下のお気に入り』日本版予告編

あらすじ:18世紀、イングランドのアン女王には信頼を寄せる女性サラがいた。そこへサラの従妹を名乗る上流階級から没落した女性、アビゲイルが雇って欲しいとやってくる。素直さを武器に女王を意のままに操るサラと、あからさまなおべっかを使うアビゲイル。女王陛下はどちらをお気に召すのか。

「大奥」という単語が映画のポスターに書かれるほど女をめぐる女の闘いを前面に出した広告だったわけだが、蓋を開けてみればこの映画はサラでもアビゲイルでもなく、確かに「女王陛下」の「お気に入り」についての映画だった。以下ネタバレしながら感想をしたためていく。


サラと一緒に過ごすアン女王は、女王陛下としての威厳はほぼないに等しかった。サラに心まで掌握されていたように見えるし、実際頼り切っていて、女王陛下としての権限を行使するのは決まって無茶なおねだりや駄々をこねる時くらいであった。時はフランスとの戦時下であるものの、宮殿での暮らしは実際なんの不自由もないため実感が沸かない。実感が沸かないから自分の意見が言えないし、すぐに人の意見に左右される上、判断すらできない。女王に与えられた権限の行使に疲れ果てたアン女王はひどい生活習慣病で、挙句自殺未遂までする。

そんなアン女王に美醜のことまで率直に厳しい言葉を投げつけるサラ。女王陛下に向かって誰も言わないであろう言葉の羅列を平然と口にしてくれる彼女のことをアン女王は確かに気に入っていたのだろう。サラが何故女王に気に入られ続けたいか、その理由は明白だ。政治を意のままに操れるのだ。しかしライバルが現れ、サラは焦る。

アビゲイルの上昇志向は本物だった。アン女王がサラに「彼女、口でしてくれるのよ」と言った時のサラの表情が非常に良い。(ちなみにこのセリフが吐かれた瞬間私は心の中で「レゲエ・砂浜・ビッグウェーブ」のノリでタオルを振り回していた)上流階級の男をその気にさせ、アン女王のサラ評をひとつひとつ丁寧に覆していくアビゲイル。女王陛下に気に入られるために手段を択ばないアビゲイル

そんな二人の熾烈な争いを横目に、「私を取り合うのよ、最高じゃない」と女王陛下は平然と言うのである。そう、これは女王陛下の物語。原題『The Favourite』。人の好みは変わる。恐らくどこかの時点で気付いていただろう。「この決断は私ではなくサラの意見だ」と。サラのことが気に入っていた時はそれでよかった。自分は楽ができるし、サラはしてくれるし、それでよかった。辛辣な言葉も愛があればこそだ。しかしそこにアビゲイルが現れた。アビゲイルは太り、老い、パサパサの髪をそのままにする自分を「美しい」と言う。

人と言うのは、嘘でも褒められたいものなのだ。お世辞と分かっていたとしても、嫌な気分になる人はなかなかいないだろう。アン女王もきっと嬉しかったに違いない。そしてアン女王が女王陛下たるところがそこにあった。舌が乾くほどのおべっかを言われ続けたアン女王は半身を麻痺させながらもサラに任せていた書類仕事や決断をグイグイと進めていくのである。アビゲイルの言葉で自尊心をくすぐられ、徐々に威厳を取り戻していった彼女はついに女王陛下として全員の前に立ちはだかるのだった。

ラストシーン、アビゲイルに足をもませながら12匹の自分の子供に囲まれる。その部屋には彼女のお気に入りしか存在しなかった。何の説明もなく映像だけで繰り返されていくので解釈に余地があるのがまたいい。

神経質なフォントと字幕構成、イングランド王室の豪華な美術とドレス、コルセットから溢れんばかりのパイだけでも芸術点が1億8千万点くらいなのに、そこにイングランド王室にいる上流階級の男性陣が加わる。クルクルと巻いた長髪のパーマのカツラを被っているわけだが、化粧もしているのである。肌を真っ白に染めるおしろいの上に目をくっきりと際立たせるアイシャドウにマスカラ、そして頬のてっぺんにくっきりと入れられたチーク。これまでの映画でもそういったメイクの存在を目にしていたが、この映画で初めてこの化粧の美しさに驚いた。ハーリーことニコラス・ホルト、クルクルのカツラを付け、上記の化粧をすると、まるで赤ちゃんのような可愛らしさなのである。加えて長身で自信たっぷりに何度もアビゲイルと蹴り飛ばす上流階級。最高であった。マシャム役のジョー・アルウィンの化粧の似合わなさはわざとであろう。ジョー・アルウィンは別の意味で若々しい可愛らしさを存分に見せてくれたので非常に満足である。

18世紀のイギリスと言えばとにかく臭い、汚いというイメージだが本作もしっかりと臭く汚らしいのが画面から溢れている。そういった時代背景はもちろん舞台美術、衣装、女性同士の激しい応酬、男性陣の欲への実直さ、君臨する女王。様々な角度から楽しみを見いだせるが、複雑で一筋縄ではいかない映画、それが「女王陛下のお気に入り」を見た感想である。


ところで、最近の予告は日本映画以外でもそのほとんどが「驚きの実話」を売りに出しているようで、少しがっかりしている。「驚きの実話」も大いに結構だが、「ありえない創作」が見たいわけで。