ロマンチックモード

日常と映画と本と音楽について

トッキュウジャー:1年間ありがとう

終わりました…終わりましたねー。最後で外部からのなんたらかんたらもありつつ無事終了して本当に良かったです。総じて明るくトントン進んでいった1年だったな〜という印象です。
ツイッターではメインライター小林靖子さんの最近の作品も通してのメッセージ性が多く呟かれていて本当にその通りだなと思いました。それらを読んでいない方のために、もとい私のための備忘録として書いておきますと、彼女は震災後、仮面ライダーオーズでは崩れ果てた街並みを背景に「欲しが」れと、「欲望こそ生きるエネルギー」であると、特命戦隊ゴーバスターズでは「失ったものは戻ってこないけど今あるものを守ることはできる」と、そして今回の烈車戦隊トッキュウジャーでは「子どもたちには戻る場所がある」、もっというと、「子どもたちは守られるべきである」と、そういったものを受け取ることができたのではないかというのがその要約です。メインターゲット層にそのままのメッセージが伝わらずとも、植え込まれると思うんですよね。もちろん他の脚本家の方からもそういったものを感じることはあるけれど、やっぱりこう…彼女のメッセージ性の強さは桁が違うなと、そう思いました。好き嫌い賛否分かれるだけの人だわ〜。
てことで、ここからは私が感じたトッキュウジャーの感想を残していきたいと思います。
「始まったと思ったら終わってしまった」というのが正直な感想です。もっと、もっと好きになりたかったなー!好きになれた気がするんだけどなー!結局休みなく見続けてきたわけですけど、つまらないわけじゃないし、好きなんだけど、実のところ去年の10月の時点で全然まだまだ見慣れてませんでした…いえ私がキョウリュウジャー見すぎてたからなのかもしれないんですけど!しれないんですけども、半分以上過ぎてるのに「まだ始まったばかり」みたいな感じが拭えず…
もちろん「ガラスに映ったトッキュウジャーと明くん」のくだりや終盤2話なんて普通に泣いてましたよ。普通に。要所要所ガツンとくる設定で、闇の皇帝やグリッタちゃんなど敵側も魅力的で、しかも敵側が「光あっての闇」とかいって元の場所へ戻るっていうんですよ闇の中に!キラキラに惹かれて地上に出てきた闇が!相容れぬものに惹かれるなんてー!切ない!せつな過ぎる!闇の皇帝だってとうとうキラキラを抱えたグリッタちゃんを始末することができなかった。それはどうしたってキラキラに惹かれてたからだよね?でも光だってそうなんです。闇あっての光。黒いトッキュウ1号だって、ライトなんです。内包してるんですよね。
最後に大人の姿で家族と会ったみんながようやくもとの子どもの姿に戻ったのは、うまいな〜って思いました。身を任せることのできる存在があって、初めて子どもは子どもでいられるんだと、そう言われた気がしました。ライトだけ「俺はちょっと違う」って言ってたの、もしかしたらライトだけ血が繋がってないような裏設定でもありそうだけど、でもそれがなくても十分説明のいくことでもあったような気がします。一番兄弟も多かったし、闇浴びたし(?)。それでもお母さんやお兄ちゃん、お父さんにそれぞれ抱かれて、ライトも迎え入れられてようやく子どもに戻った時に、本当に良かった、子どもたちが頑張ってたんだなと思いました。
こどものごっこ遊びを素晴らしいイマジネーションであると肯定したところから始まったトッキュウジャー、車掌さんやチケットくん、ワゴンさんの動力源やうさぎの下、こんなに全然「正解」を出さなかったのもなかったんじゃないかと思いますが、それを視聴者のイマジネーションに任せたのも本当うまいな〜〜〜!でしたね。正解ばかりじゃつまらないもんね!
物語やそこから感じ取られたメッセージには感動しつつも、ちょっと物足りなかった1年でした。ゴーバスの方がよっぽど泣いたのが自分の中で信じられない…