ロマンチックモード

日常と映画と本と音楽について

2020年をエレガントで味わい深く、とてもバランスがよい年にするために

1月13日、今年10本目の映画を観た。『トゥルーマンショー』、とても面白かった。


今年に入って、映画館・レンタル・Netflixとあらゆる手段を駆使して10本の映画を観た。再見を含めると11本。何故正確に分かるかと言うと、今年に入ってからようやく手帳を再開したからだった。13日にして10本というのは、なかなかのスタートダッシュだと思う。数が多いのがえらいというわけではないけど、映画たくさん見たな~!というのは割と達成感が得られることだ。


肝心の2020年の出だしは、最悪の部類に入る。昨年クリスマスを1人で過ごすことになってからくすぶっていたストレスが爆発している。夫が年が明けた2日の夜から飲みに行き、そこで胃腸炎をもらい、看病していたと思ったらまた2日連続で飲みに行き、私は1人年末からこさえていた料理の数々のほとんどを捨てることになった。


私の不機嫌の原因は彼にあるものの、不機嫌の解消は自分にしかできないことは良く分かっている。そういう、自分の機嫌を取らねば、というのもあって躍起になって映画を観ているのもある。それでもなかなか不機嫌というのは解消できないもの。ためしに夕飯のことを気にせず映画に夢中になってみたり、朝早くから映画館へ出掛けてみるものの、その最中は楽しく過ごすけど結局は家に帰り、そこに元凶があると思うと憂鬱で不快なことには変わりなかった。


そもそも「2人でいること」に慣れる努力をした昨年1年を振り返ってみれば、ようやく慣れてきて、これでリズムが作れたら一歩抜け出すな、というところで彼が1週間以上夜いないような行動を取り、振出しに戻る…の繰り返しで、クリスマス頃からこの年始は『振出しに戻る』ターンだったと言える。私の両親を見るに1週間も夜に同じ食卓を囲まない、というのを経験したことがないので、正直この状況を作り出す彼の感覚は異常だと思っているし、この状況は私のそういった家族観にない事象なのでこれは「家族」と呼べないと思っている。前向きに捉えるならば2019年は「豊かな果実味と程よい酸味が調和した味」と言える。


よく「彼が好き勝手にやるのであればこっちもやってやればいい」と言う人がいるけれど、何の解決にもならないどころか、ツケが自分に回ってくるだけなので無意味である。なぜなら彼はいないにも関わらず洗濯物を積み上げ、キッチンを汚し、テーブルを汚し、トイレを汚すからだ。私が好き勝手にしてもその状況は変わらないので無意味極まる。どうせやるのが自分なら通常通り片付けたほうがいいに決まっている。


そんな最悪の出だしの2020年、仕事では昨年末の自分の仕事が完璧すぎてこちらもスタートダッシュは完璧です。衣食住のある家が最大のストレス精製所になるとは予想もしなかったけれど、この難関を何かしらに変換し得る才能が自分にあることを信じ、日々の生活を豊かにしたい、そんな風に思っている。